何が起きたか
1967年5月27日、二つの条項の削除・改正が問われた。先住民を人口統計から除外する規定を削り、連邦議会が先住民に関する法律を制定できるようにするものだった。
背景
賛成は約90.8%にのぼり、オーストラリア史上最も高い賛成率の国民投票となった。長年の先住民運動と支援者の働きかけが実を結んだ。
影響
投票そのものが権利を一挙に与えたわけではないが、平等と包摂への強い意思表示となり、その後の先住民政策と権利運動の転機となった。
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1967年
1967年、先住民を国勢調査に含め、連邦政府が先住民に関する法律を作れるようにする憲法改正が、圧倒的多数で承認された国民投票。
1967年5月27日、二つの条項の削除・改正が問われた。先住民を人口統計から除外する規定を削り、連邦議会が先住民に関する法律を制定できるようにするものだった。
賛成は約90.8%にのぼり、オーストラリア史上最も高い賛成率の国民投票となった。長年の先住民運動と支援者の働きかけが実を結んだ。
投票そのものが権利を一挙に与えたわけではないが、平等と包摂への強い意思表示となり、その後の先住民政策と権利運動の転機となった。