何が起きたか
火は9月2日未明、プディング・レーンのトーマス・ファリナーのパン屋から出た。強い東風にあおられ、密集した木造家屋を伝って4日間にわたり延焼線を越え続け、風が弱まり火薬による建物爆破で防火帯が築かれてようやく鎮まった。
背景
ロンドンは1665年の大ペストを経たばかりで、木と茅葺きが密集する旧市街の火災の危険はかねて指摘されていた。確認された死者はわずかで、伝統的に1桁とされるが、貧民層の実際の犠牲はより多かったと疑う歴史家もいる。焼け出された市民は7万から8万人に及んだ。
影響
再建法はレンガ造りと道路の拡幅を義務づけ、クリストファー・レンがセントポール大聖堂と多数の教区教会を再建した。大火記念塔がこれを伝える。カトリック教徒の放火という虚偽の風説は長く残り、フランス人ロベール・ユベールが、今日では虚偽とみなされる自白により処刑された。