人物
本名は周樹人、魯迅は筆名である。日本の仙台で医学を学んだが、本人の回想によれば、無関心な群衆を映した幻灯を見たことを機に医学を捨て、文筆によって人々の精神を癒すことを志した。
何をしたか
『狂人日記』(1918年、雑誌『新青年』掲載)は口語(白話)による最初の本格的な近代短編小説で、その狂人は伝統の行間に「人を食う」という文字を読み取る。『阿Q正伝』(1921年–1922年)は、自らを慰める「精神的勝利」を風刺した。雑文(社会評論)によって時代随一の鋭い社会批評家となり、1930年からは左翼作家連盟を率いたが、共産党には終生入党しなかった。1936年、上海で死去。
後世への影響
中華人民共和国の教育課程で正典とされたが、その皮肉は今なお単純な聖人化を拒んでいる。