何が起きたか
1952年7月23日、陸軍将校の秘密組織である自由将校団が、ほぼ無血のクーデタで権力を掌握した。表看板はムハンマド・ナギーブ将軍で、実際の推進役はガマール・アブドゥル・ナセル大佐だった。ファールーク国王は7月26日に退位して国外へ去り、1953年6月18日に王政廃止と共和国樹立が宣言され、約150年続いたムハンマド・アリー朝は幕を閉じた。
背景
1948年のパレスチナでの屈辱的な敗北、ファールーク国王のもとでの宮廷の腐敗、運河地帯に居座り続けるイギリス軍、そして1952年1月のカイロ大火が、旧体制の信用を失墜させていた。革命後の初期の施策としては、大土地所有を制限する農地改革と旧来の政党制度の一掃が行われた。権力闘争の末、ナギーブは1954年までに排除され、ナセルが揺るぎない指導者となった。
影響
この革命により、軍はその後数十年にわたってエジプト政治の中核であり続けた。革命はまた、アラブ世界各地の将校運動と反植民地主義の政治を鼓舞した。7月23日は今日もエジプトの国民の祝日である。