人物

シドニー生まれのバートンは弁護士から政界に入り、ヘンリー・パークスの後を継いで連邦運動の中心的な指導者となった。憲法草案の作成にも深く関わった。

何をしたか

1901年1月1日に連邦が成立すると、彼は初代首相に就任した。彼の政府は移民制限法や仲裁制度など、新国家の基礎となる立法を進めた。

後世への影響

1903年に首相を退き、新設のオーストラリア高等法院の判事となった。バートンは連邦の設計者であり、その最初の指導者として記憶される。