人物

グランサムの食料雑貨商の娘として生まれ、化学者と法廷弁護士の訓練を受けたサッチャーは、1959年に下院議員となり、1975年に保守党党首——イギリス主要政党初の女性党首——に就任、経済危機のさなかの1979年総選挙に勝利し、1983年と1987年にも再選を果たした。

何をしたか

その政権はマネタリズムによってインフレと闘い、その代償として1980年代初頭の急激な失業増を招いた。ガス、通信、ブリティッシュ・エアウェイズなどの国有企業を民営化し、公営住宅を入居者へ売却し、1986年の「ビッグバン」でシティを規制緩和し、1984年から85年にかけて1年に及んだ炭鉱ストライキを制して労働組合の力を抑え込んだ。1982年のフォークランド紛争では勝利へ導き、レーガンとの大西洋同盟を育てつつゴルバチョフとも対話し、1984年には欧州共同体予算の払戻しを勝ち取った。1985年の英愛協定、1990年のドイツ再統一も在任中の出来事である。1990年、人頭税が暴動を招き、党内の党首選挑戦を受けて同年11月に辞任した。

後世への影響

評価は今も深く、恒久的に割れている。支持者は国家の衰退の反転、インフレと組合闘争の克服、国際的地位の回復を彼女の功績とする。批判者は工業地域の共同体の崩壊、格差の拡大、社会の風潮の硬化の責任を彼女に帰す。双方が一致するのはその規模である。サッチャリズムはひとつの時代の名となり、後継の両党の政権は概ね彼女の敷いた枠組みの中で運営された。