人物

春秋時代の魯の国(現在の山東省曲阜)に生まれた。教育者として、生まれにかかわらず弟子を受け入れた。

何をしたか

その教えの中心は、仁(人間らしさ)、礼(礼儀・作法)、孝、そして刑罰ではなく為政者の徳の模範による政治である。政治家としては成功せず、自らの思想を採用する君主を求めて諸国を遍歴した。死後、弟子たちがその言葉を『論語』としてまとめた。

後世への影響

儒教は漢王朝の国家イデオロギーとなり、科挙は1905年まで儒教の経典を試験し続けた。東アジア全体がその思想の刻印を受けている。