人物

酒、月、山、友情、別れの悲しみをうたう、自由でロマンあふれる詩風で知られる。

何をしたか

742年から744年まで玄宗皇帝の宮廷で翰林に仕えたが、宮廷生活にはなじまなかった。安禄山の乱の混乱の中、反逆者の烙印を押された皇子・永王の幕下に加わり、夜郎への流罪となったが、のちに赦された。

後世への影響

杜甫とともに中国詩の双璧をなす。「静夜思」は、中国語圏の学童がこぞって暗唱する詩である。