人物

1260年からモンゴルの大ハーン。1271年に元王朝を宣言し、都を大都(現在の北京)に定めた。

何をしたか

1279年までに南宋の征服を完成させ、モンゴル人などの非漢人エリートを支配層の上位に置きながら、中国式の制度で統治した。1274年と1281年の二度の日本侵攻は失敗し、二度目は日本人が「神風」と呼んだ台風で壊滅した。宮廷は外国の商人や旅人を歓迎し、マルコ・ポーロの旅行記は数年にわたり彼に仕えたと主張している。

後世への影響

北京が帝都として台頭する起点となり、征服王朝による中国全土の支配という、のちに清が繰り返すパターンを作った。