何が起きたか

前1274年頃(ラムセス2世の治世5年)、エジプト軍とヒッタイト軍がオロンテス川沿いのカデシュで衝突した。捕らえた斥候の偽情報に欺かれたラムセスは軍の一部だけを率いて先行し、ヒッタイトの大戦車部隊の待ち伏せを受けた。エジプト側の記録によれば、王は援軍が到着するまで自ら軍を奮い立たせて戦い抜いたという。数千の戦車が交戦した史上最大の戦車戦としてしばしば語られるが、規模の推定には幅がある。

背景

エジプトとヒッタイトは、シリアの支配権とその交易路をめぐって長く争っていた。カデシュはその係争地の要衝だった。

影響

戦いは戦術的に決着がつかず、双方が勝利を主張し、カデシュはヒッタイトの勢力圏にとどまった。前1259年頃、エジプトとヒッタイトは大国間で現存する最古級の成文平和条約を結んだ。その写しはエジプトの神殿の壁と、ヒッタイトの都ハットゥシャ出土の楔形文字粘土板に残り、複製が国際連合本部に展示されている。