概要
一族の富は、1397年にジョヴァンニ・ディ・ビッチが創設した銀行に始まる。この銀行は教皇庁の口座を得て、ロンドンからナポリまで支店を広げた。その子コジモは1434年からフィレンツェを動かしたが、そう名乗る公職には一度も就かず、盟友と課税と信用を通じて統治した。一族はこのやり方を、爵位を得るまでの1世紀にわたって守り続ける。通常の数え方で教皇を4人、フランス王妃を2人出し、1532年にフィレンツェ公、1569年にトスカーナ大公となり、1494年に破綻した自らの銀行よりも長く生き延びた。
役割
その銀行によって、一族は15世紀のヨーロッパで最も富裕な家系となった。コジモ・デ・メディチからロレンツォ・イル・マニーフィコに至るまで、彼らはフィレンツェを支配し、芸術家や思想家を援助した。一族は教皇(レオ10世、クレメンス7世)と二人のフランス王妃を輩出し、のちにトスカーナの世襲大公となった。
その後
本家の家系は1737年に断絶するまでトスカーナを統治した。その庇護はフィレンツェをルネサンスの揺籃の地とするのに寄与し、その遺産は今も市の芸術や建築に見ることができる。