人物

フランチェスコは1181年頃、ウンブリア地方のアッシジに裕福な織物商人の息子として生まれた。隣接するペルージャとの戦争での捕虜生活と長い病を経て、1206年頃に相続財産を放棄し、貧しい人々のなかで清貧に生き、荒れ果てた教会を修復する生活に入った。

何をしたか

彼のもとには追随者が集まり、1209年頃、教皇インノケンティウス3世がその簡素な生活の会則を承認した。ここからフランシスコ会が生まれ、驚くべき速さでヨーロッパ中に広がった。アッシジのクララとともに、女性のための修道会「クララ会」の創設にも関わった。1219年には第5回十字軍のさなかにエジプトへ赴き、スルタンのアル・カーミルと会見したことが同時代の記録に残る。1224年には、磔刑の傷「聖痕」を受けたと同時代人が伝えている。1226年に没し、わずか2年後に列聖された。

後世への影響

フランシスコ会は、都市から退くのではなく都市で説教する姿勢によって中世の宗教生活を塗り替えた。アッシジに建てられた聖堂は、名高いフレスコ画の連作とともに主要な巡礼地となった。フランチェスコはイタリアの守護聖人の一人で、動物や自然への慈しみと広く結びつけられ、1979年にはエコロジーの守護聖人とされた。2013年には教皇フランシスコが、教皇として初めてその名を選んだ。