人物

ペトラルカ(フランチェスコ・ペトラルカ)は1304年にアレッツォに生まれ、生涯の多くをアヴィニョン周辺と北イタリアの宮廷で過ごした。存命中からヨーロッパ中で名声を博し、1341年にはローマのカピトリーノの丘で桂冠詩人として戴冠された。

何をしたか

ラウラと呼んだ女性に捧げたイタリア語詩集『カンツォニエーレ』は、以後3世紀にわたりヨーロッパの詩人たちが模倣するソネット形式を完成させた。同じく重要なのが学者としての仕事で、忘れられた古典写本を探し求め、1345年にはヴェローナでキケロの『アッティクス宛書簡集』を再発見したことで名高く、古代の復興を知的な事業として打ち立てた。1336年のモン・ヴァントゥ登山の記述は、風景に対する近代的感受性の早い表れとしてしばしば引かれるが、その解釈には議論もある。

後世への影響

古典古代を生き方と文章の手本として学ぶルネサンス人文主義は、彼の事業から直接に育った。先行する数世紀を「暗黒時代」と見る観念も彼と深く結びつけられている。ダンテ、ボッカッチョとともにイタリア文学の「三冠」に数えられ、「ペトラルカ風ソネット」は今もその名をとどめる。