人物
アントニオ・ヴィヴァルディはヴェネツィアの作曲家・ヴァイオリンの名手で、1703年に司祭に叙階され、赤毛から「赤毛の司祭」と呼ばれた。生涯の大半、孤児や捨て子の少女を養育するヴェネツィアの慈善院ピエタ院でヴァイオリンを教え、音楽を指導した。同院の女性だけの合奏団は名高かった。
何をしたか
約500曲の協奏曲を書き、急–緩–急の三楽章形式と、後世の作曲家が土台としたリトルネッロ形式を定着させた。協奏曲集『調和の霊感』(1711年)はその様式をヨーロッパに広め、バッハはその数曲を編曲している。最も有名な『四季』は1725年に出版された4つのヴァイオリン協奏曲で、音楽が描く情景を記したソネットが添えられている。ほかに『グローリア』などの宗教曲や数十のオペラも残した。
後世への影響
名声は存命中に衰え、1740年にウィーンへ移り、翌年貧困のうちに没した。1920年代にトリノで手稿譜が再発見されると音楽は復活し、『四季』は今日、クラシック音楽全体で最も演奏される作品の一つとなっている。