何が起きたか

戦争は1904年2月、旅順のロシア艦隊に対する日本の奇襲攻撃で始まった。旅順攻囲戦(1905年1月陥落)は甚大な犠牲を出し、奉天会戦(1905年2〜3月)はそれまでで最大の陸上戦闘となった。1905年5月27〜28日の日本海海戦では、東郷提督の艦隊がロシアのバルチック艦隊を壊滅させた。

セオドア・ルーズベルト米大統領の仲介によるポーツマス条約(1905年9月5日)で、日本は遼東半島の租借権、南満洲鉄道、樺太南部、そして朝鮮における優越的地位を得た。しかし賠償金は得られず、東京では日比谷焼打事件が起きた。

背景

日本とロシアは、満洲と朝鮮の支配権をめぐって対立していた。

影響

アジアの国家がヨーロッパの大国を近代戦で破った最初の例であり、世界各地の植民地の人々に注目された。日本の大陸進出における決定的な一歩ともなり、1910年には日本が韓国を併合した。