概要
パカルは7世紀の大半にわたってパレンケの都を治め、碑文の神殿の奥深くに葬られた。1952年に手つかずのまま見つかったその墓は、精緻な彫刻を施した大きな石の蓋で封じられていた。
特徴
浮彫りは、死した王が地上界と冥界の境に横たわる姿を、世界樹と天のバンドで囲む濃密なマヤの図像で表す。その図像は、マヤの宇宙観と神聖な王権を凝縮した表現である。
歴史と影響
この墓は、古代アメリカで知られる最も豪華な王墓の一つである。蓋は古典期マヤ美術の頂点として讃えられる一方、学界が退ける俗説的な誤読も呼び込んできた。