人物

マンラーイは1238年、ンゴーンヤーン(チェンセーン)の支配者の家系に生まれ、1259年にその王位を継いだ。没年は1311年頃とされる。

何をしたか

マンラーイは北方のタイ系のムアンを統一した。1262年には自らの名を冠したチェンライを建設し、1280〜90年代(年代は年代記により異なる)にモン人の王国ハリプンチャイ(ラムプーン)を征服した。1296年、「新しい都市」を意味するチェンマイを都として建設した。北タイの伝承では、スコータイのラームカムヘーン、パヤオのンガームムアンと友好の盟約を結んだとされ、この同盟はチェンマイの三王記念像に記念されている。慣習法典であるマンラーイ法典も、伝承により彼に帰せられる。

後世への影響

北タイの年代記は、1311年頃、マンラーイがチェンマイの市場で落雷に打たれて没したと伝える(年代記の記述)。その王統は約2世紀にわたりラーンナーを支配し、マンラーイは今も北タイのアイデンティティの礎となる人物である。