人物

ラームカムヘーンはスコータイ朝第3代の王で、在位はおよそ1279年から1298年。開国の王シーインタラーティットの子である。没年は一般に1298年頃とされる。

何をしたか

その治世にスコータイは最大の広がりに達した。1292年の碑文は、広大な朝貢ネットワークをその王国のものと主張している。伝承は王をタイ文字の創製者とし(伝承では1283年)、王はスリランカ系の上座部仏教を保護した。碑文は、門の鐘をどの臣民でも鳴らせるという、開かれた父権的な王の像を描く。また使節を通じて元朝との関係を保ち、年代記の伝承はサンカローク焼を中国人陶工と結びつけている。

後世への影響

ラームカムヘーンは文化英雄、「タイ文字の父」として敬われ、「ラームカムヘーン大王」と称される。ラームカムヘーン大学はその名を冠する。1292年の碑文をめぐる真贋論争——1980年代末以降に一部の研究者が疑義を呈し、タイの主流の学界は真正性を支持する——は、その治世に関する現代の研究に影を落としている。