人物
スリヨータイはアユタヤ朝マハー・チャックラパット王の王妃で、戦死によって記憶されている(年代は一般に1549年2月とされ、タイの伝承の仏暦2091年はしばしば1548年と換算される)。ただし、その生涯はほぼすべて年代記の伝承によってのみ知られており、この点を踏まえて読む必要がある。
何をしたか
タイの年代記によれば、タビンシュエーティー率いるビルマ軍が侵攻した1547〜49年の戦争の際、スリヨータイは武人の装いで戦象に乗り、夫とともに出陣した。王の象が一騎打ちで追い詰められると、彼女は自らの象を王とビルマの指揮官の間に割り込ませ、斬られて落命し、王の命を救ったと伝えられる。遺骨はアユタヤのチェーディー・シースリヨータイに納められていると伝えられる。一方、ビルマ側の史料にはこの出来事の記録がないことも、あわせて知られている。
後世への影響
スリヨータイは自己犠牲の英雄像の模範とされ、タイ史で最も敬われる女性の一人である。チェーディー・シースリヨータイに加え、王室の後援による記念公園が設けられ、2001年に公開されたタイの大作歴史映画がその名声を新たにした。