概要
年代記の伝える年代では1351年、ウートーンが都を築き、ラーマーティボディー1世として即位した。アユタヤは川中の島の都から発展し、4世紀以上にわたってシャムを支配する国家となった。アジア有数の交易都市に成長し、1700年頃には世界最大級の都市の一つに数えられ、人口100万人近くとする推計もしばしば引かれる(推計)。
主な動き
1438年にスコータイを併合し、1431年(通説の年代)にはアンコールを攻略した。最大の宿敵はビルマであり、1569年にバインナウンの軍に都を落とされて属国となったが、ナレースワンが1584年に独立を宣言し、1593年の象上一騎打ちの勝利で独立を確かなものにした。17世紀には国際色豊かな黄金期を迎え、中国人、日本人(世紀前半に山田長政が率いた日本人町)、ペルシア人、ポルトガル人、オランダ人、フランス人の共同体が栄えた。その頂点はナーラーイ王(在位1656〜1688年)の時代で、ルイ14世のフランスと使節を交換した。ナーラーイの死後、1688年の政変でフランス守備隊は追放され、西洋との関係は縮小したが、アジアとの交易は続いた。
終わりと移行
コンバウン朝ビルマの侵攻が1760年に始まり、1765〜67年に再開された。1767年4月7日に都は陥落して焼き払われ、寺院・宮殿・記録が失われた。権力は分裂したが、やがてタークシンがトンブリーからシャムを再統一した。遺跡はアユタヤ歴史公園として1991年にユネスコ世界遺産に登録された。