人物

リ・トゥオン・キエット(1019-1105)は李朝を代表する将軍にして政治家である。宮廷の宦官の身から軍の最高指揮官にまで昇りつめた。三代の皇帝に仕え、1105年に86歳で没した。

何をしたか

宋の侵攻が迫るなか、彼は1075-76年に先制攻撃をかけ、邕州を含む国境の州を攻略したのち撤収した。1077年、宋軍の反攻をニュー・グエット(カウ)川の防衛線で迎え撃ち、侵攻はそこで停滞して交渉により終結した。四句の漢詩「南国山河」——「南国の山河には南帝が住まう」——は、この川で兵士を鼓舞するため詠み上げられたと伝えられる(伝承)。学術的には作者不詳とされ、これを「最初の独立宣言」とする位置づけも後世の伝統である。彼はチャンパへの遠征も指揮した。

後世への影響

彼はベトナム軍事史における「積極防御」の手本とされる。ベトナム各地の通りに彼の名が付けられている。