概要

ガウディは着工の一年後に引き継ぎ、四十三年をこれに費やした。最後の十二年はこの仕事だけをし、現場に住んだ。設計は装飾ではなく構造である。傾いた柱が樹のように枝分かれするのは、そうやって荷重を運ぶからで、そのおかげで彼が松葉杖と呼んだ飛梁を省けた。一九三六年、アナキストが彼の工房と模型を焼いた。以後の作業は、石膏の断片と写真から彼の意図を復元する仕事である。それがこの建物への最も強い反論であり、建てる側はそれを公にしている。

見どころ

時間指定券を数週間前に取り、塔を一つ足したい。古い彫刻なら生誕の塔、身廊の屋根を見下ろすなら受難の塔である。西の窓に光が入り、内部が赤と橙に変わる午後遅くに行きたい。生誕のファサードはガウディ自身の仕事、受難のファサードは一九八〇年代のスビラックスによるもので、意図して似せていない。