人物
本名テムジン。争い合っていたモンゴル諸部族を統一し、1206年のクリルタイ(大集会)でチンギス・ハンとして推戴された。
何をしたか
その遠征は多大な人的犠牲の上に、史上最大の連続した陸上帝国を生んだ。華北では女真の金の防衛線を突破して1215年に中都(現在の北京)を落とし、中央アジアではホラズム帝国を滅ぼした(1219年〜1221年)。1227年、西夏への最後の遠征の途上で死去し、その埋葬地は今も不明である。十進法に基づく軍の編制、駅伝網ヤム、モンゴル文字の採用、実利的な宗教寛容といった制度は、彼の死後も生き続けた。
後世への影響
中国の歴史書では元の太祖とされる──孫のフビライが1271年に建てた元王朝は、彼の征服の上に立っていた。続くモンゴルの平和は、ユーラシアを横断する交流を再び開いた。