人物
アンワル・サダト(1918〜1981年)は、1952年革命に参加した自由将校の一人である。ナセルのもとで副大統領を務め、1970年に大統領となった。1971年には、いわゆる修正革命によってナセル派の政敵を排除して権力を固め、1972年にはソ連の軍事顧問団を国外へ退去させた。
何をしたか
1973年10月6日、シリアと共同で十月戦争を開始した。スエズ運河渡河作戦はバーレブ線を突破し、戦況は後に反転したものの、この戦争はエジプトの自信を回復させ、超大国を外交の場に引き出した。経済面では門戸開放政策(インフィターハ)によりナセルの社会主義から民間投資と外国投資の導入へと転換したが、その結果はまちまちで、1977年にはパン暴動が起きた。和平では、1977年11月にエルサレムへ飛んでイスラエル議会で演説した最初のアラブ指導者となり、キャンプ・デービッド合意(1978年、ノーベル平和賞をベギンと共同受賞)とエジプト・イスラエル平和条約(1979年)に調印した。シナイ半島は1982年までにエジプトへ返還された一方、エジプトは1989年までアラブ連盟から資格停止となった。
後世への影響
1981年10月6日、十月戦争を記念する軍事パレードの最中に、イスラム主義者の兵士たちによって暗殺された。後任にはホスニー・ムバラクが就いた。