人物
ガマール・アブドゥル・ナセルは1918年にアレクサンドリアで生まれ、1970年に没した陸軍将校である。1952年に王政を打倒した自由将校団の創設者で、1954年に首相、1956年に大統領となり、死去まで大統領の座にあった。
何をしたか
1956年7月26日にスエズ運河会社を国有化し、続くスエズ危機では軍事的に敗れたものの、国際的な圧力が侵攻側を撤退させたことで政治的勝利者となり、アラブ・ナショナリズムの英雄となった。彼の演説は地域全域に放送され、シリアとの連合(アラブ連合共和国、1958〜1961年)を実現し、ネルーやチトーとともに非同盟運動を共同で創設した。国内ではソ連の支援を受けたアスワン・ハイ・ダムの建設、農地改革、工業化と社会的上昇のための諸施策を進める一方、一党支配国家を築き、監視の行き届いた治安機構のもとでムスリム同胞団や共産主義者を含む反対派を弾圧した。1967年の第三次中東戦争での敗北は彼の威信を打ち砕き、辞任を表明したが大規模なデモを受けて復帰し、消耗戦争を遂行した。
後世への影響
1970年9月に心臓発作で死去し、その葬儀には数百万人が集まった。ナセル主義は、その後も長く続く政治潮流であり続けた。