概要
1065年に創設され、旗艦のバグダード校が1067年に開校したほか、ニーシャープールやイスファハーンなど各都市に姉妹校が置かれた。教授は俸給を受け、学生はワクフ(寄進財産)によって支えられた。
役割
目的は、国家の後援でスンナ派(シャーフィイー派)の学者と行政官を養成することにあり、ファーティマ朝イスマーイール派の宣教活動への対抗としばしば説明される。時代を代表する神学者ガザーリーは、名高い精神的危機と隠遁に先立つ1091年から1095年までバグダード校で教鞭を執り、のちには詩人サアディーも同校で学んだ。基金で支えられた学院、俸給付きの教授職、寄宿舎というこの型はイスラーム世界に広がり、初期ヨーロッパの学寮としばしば比較されるが、影響関係の有無はいまも議論が続いている。
その後
学院の網はセルジューク朝ののちに衰え、モンゴルによるバグダード劫略(1258年)が旗艦校の偉大な時代を終わらせた。ただし、その痕跡はのちの時代にも細々と残った。