人物

アッバース1世(1571年〜1629年)は1588年から1629年まで在位したサファヴィー朝のシャーで、一般に同朝最大の君主と評される。即位時の国家はオスマン帝国とウズベクに領土を奪われ続けており、彼はまず屈辱的な講和によって時間を稼いだ。

何をしたか

アッバースは奴隷軍人(グラーム)とイングランド人の助言を受けた砲兵を軸に軍を再建し(シャーリー兄弟の役割はしばしば誇張される)、タブリーズやバグダードなどの失地を奪回した。1598年には都をイスファハーンへ移し、ナクシェ・ジャハーン広場(現在は世界遺産)や王のモスク、橋や大通りを備えた計画的な帝都として造営した。経済では王室専売と生糸貿易を推進し、新ジョルファーにアルメニア商人を移住させて広範な特権を与え、イングランドとオランダの東インド会社と通商協定を結び、1622年にはイングランド海軍の支援を得てポルトガルからホルムズを奪った。国内ではシーア派国家を維持しつつ、キリスト教徒の少数派には現実主義的な姿勢で臨んだ。

後世への影響

アッバースの治世はサファヴィー朝の頂点であり、彼のもとでイランは当代有数の強国のひとつとなった。その一方で、陰謀への病的な恐れから自らの息子たちを殺害あるいは失明させ、弱い後継者しか残さなかった。