人物
生没年はいずれもおおよそで、1325年頃に生まれ、1390年頃に没した。雅号は、コーラン全体を記憶した者を意味する。イルハン朝崩壊後の動乱の世紀に、シーラーズの地方王朝(インジュー朝、ついでムザッファル朝)のもとで生きた。その生涯について確かな記録は乏しく、伝えられる話の多くは伝説である。
何をしたか
酒と愛、そして見せかけの敬虔の偽善をうたい、その詩句は神秘の輝きをまとって、地上の恋の歌ともスーフィーの歌とも読める。この二重の読みこそが眼目だ、というのが古典的な批評の見方である。
後世への影響
『ディーヴァーン』を開いて託宣を得るハーフェズ占い(ファーレ・ハーフェズ)は、今日までイランの家庭で続いている。詩の一句とサマルカンドの代価をめぐるティムールとの対面の逸話は名高いが、伝説である。ゲーテの『西東詩集』(1819年)はハーフェズの翻訳に触発されて生まれた。シーラーズの庭園墓所ハーフェズィーイェは1930年代に再建され、イランで最も訪問者の多い名所のひとつに数えられる。