人物

カリグラ(正式名はガイウス)は第3代ローマ皇帝で、人気の高かった将軍ゲルマニクスの息子、アウグストゥスの曾孫にあたる。あだ名は「小さな軍靴」の意味で、幼少期に父の陣営で身につけていた小さな軍装に由来する。

何をしたか

陰気なティベリウスの後を受けて37年に熱狂とともに迎えられたが、数か月のうちに重い病に倒れ、古代の史料はその後の治世を、残虐と浪費、そして自らの神格化への執着を深めていくものとして描く。有名な逸話——とりわけ愛馬インキタトゥスを執政官にしようとしたという話——はスエトニウスら敵意ある書き手の伝えるもので、誇張や風刺の可能性がある。浪費は国庫を圧迫し、41年1月、カッシウス・カエレア率いる親衛隊の士官たちが彼を暗殺した。親衛隊はその後、叔父のクラウディウスを皇帝に擁立した。

後世への影響

その名は狂気の暴政の代名詞として定着し、演劇や映画で繰り返し取り上げられてきた。歴史家は、現存する記録が一様に敵意に満ちていることに注意を促しており、人物像を逸話から切り分けることは今も難しい。