人物

1836年、土佐藩の下級武士の家に生まれる。当時は罪であった脱藩を行い、幕府の海軍近代化を担った勝海舟に師事した。

何をしたか

長崎で貿易・海運会社の亀山社中(のちの海援隊)を設立した。日本初の近代的な会社の一つと呼ばれることが多い。1866年、かつては考えられなかった薩摩と長州の同盟を仲介し、幕府の命運を決した。

八か条の構想「船中八策」は幕府後の国家像を描き、平和的な大政奉還(1867)に影響を与えた。

後世への影響

1867年12月、京都で暗殺された。31歳だった。実行者の正体は今も議論が続くが、通説では見廻組とされる。維新のロマンあふれる近代化の英雄という像は、戦後の司馬遼太郎の小説によって一層高められた。