人物

中宮定子に仕えた女房で、定子の実家の運命が傾いていくなかでも、その姿を敬愛をこめて描いた。本名は不明で、「清」は実家の清原氏に、「少納言」は官職名に由来する。生没年(966頃–1025頃)も確かではない。

何をしたか

1002年頃、『枕草子』を著した。「心ときめきするもの」といった物尽くしの段をはじめ、観察や逸話を集めた機知に富む作品で、随筆というジャンルの始まりとなった。同時代の紫式部は自らの日記の中で清少納言を批判している(紫式部の日記に見える記述で、それ以上の「ライバル関係」は後世の脚色とされる)。晩年についてはほとんど分かっていない。

後世への影響

『枕草子』は『源氏物語』と並ぶ平安女流散文の双璧とされる。その鋭く個人的な随筆の声は、日本文学が繰り返し立ち返るものとなった。