人物
藤原氏の摂関政治を頂点に導いた人物である。娘たちを歴代の天皇に嫁がせて四人の后の父となり、天皇の外祖父として政治を動かした。摂政の座にあったのは1016–17年のみで、それ以外は肩書きに頼らずとも実権を握った。
何をしたか
1018年には、わが世を欠けるところのない望月にたとえた有名な歌を詠んだと、ある公卿の日記に記録されている(同日記による)。華やかな宮廷サロンの庇護者でもあり、紫式部は道長の娘・中宮彰子に仕えた。自筆の日記『御堂関白記』が現存し、ユネスコ「世界の記憶」に登録されている。大寺院・法成寺を建立し、1028年に同寺で没した。
後世への影響
道長の時代は『源氏物語』が映し出す貴族の黄金時代である。婚姻政策による支配の手本にして、その頂点であった。