人物

千利休は茶の湯を大成した茶人である。港町・堺の商家に生まれ、織田信長、次いで豊臣秀吉に茶頭として仕え、秀吉の最側近の一人となった。

何をしたか

簡素を極めた「わび茶」を完成させた。狭く質素な茶室(二畳の「待庵」が現存する)、荒々しい楽茶碗、そして客の誰もを対等にする這って入る躙口——これらがその形である。1591年、秀吉は利休に切腹を命じた。その理由は今も歴史家の間で議論されており、権力者の頭上に木像を置いたためとする説から政争によるものとする説まで諸説ある。

後世への影響

子孫は三千家を興し、今日まで茶の湯を伝えている。不完全・簡素・静けさを尊ぶ「わび」の美意識は、茶をはるかに超えて日本人の美的感覚を形づくった。