人物
保元の乱(1156年)と平治の乱(1160年)での勝利を通じて台頭し、源氏の政敵を打ち倒した。1167年には太政大臣となり、武士として初めて朝廷最高の官職に就いた。
何をしたか
平家一門は朝廷の要職を占め、「平家にあらずんば人にあらず」という言葉が一族の者のものとして伝えられる(伝承)。娘の徳子を天皇に嫁がせ、幼い外孫は安徳天皇として即位した。海上に浮かぶ大鳥居で知られる厳島神社を庇護し、宋との貿易を振興し、1180年には一時、都を福原に移した。自らが招いた源平の戦乱が平家を呑み込むなか、1181年に熱病で没した。
後世への影響
清盛は公家の支配から武家の支配への橋渡しであり、平家は『平家物語』が描く、栄華のうちに滅びゆく大いなる一門である。