概要
6〜7世紀、新羅は貴族の少年たちを花郎の集団に組織した。彼らは聖なる山河を巡りながら、倫理、音楽、詩、武芸を修めた。後代の史料である『三国史記』と『三国遺事』は、僧・円光が二人の花郎に授けたという「世俗五戒」を伝える。王への忠、親への孝、友との信、戦いで退かぬこと、命を奪うに択びをもつこと、である。
役割
花郎は若い貴族層を王権と戦場に結びつけ、統一期の指導層を輩出した。金庾信は花郎の指導者であり、660年の黄山伐の戦いで百済の陣に突撃して散った少年武人・官昌は、その殉難の象徴となった。
その後
統一後、花郎は衰退した。以後、民族主義的な歴史叙述から今日のドラマやゲームまで盛んにロマン化されてきたが、乏しい初期史料と近代以降のイメージは区別して見る必要がある。