概要

北方の高句麗(伝承では前37年建国)は満洲深くまで版図を広げた。南西には百済(伝承では前18年)、南東には新羅(伝承では前57年)が立ち、小さな加耶の諸国連合(562年に新羅へ吸収)も並存した。

主な動き

三国はいずれも仏教(高句麗372年、百済384年、新羅は6世紀)と中国式の制度を受容した。高句麗は隋の大規模な侵攻を撃退し、612年には乙支文徳の指揮で薩水の勝利を収めた。高句麗の壁画古墳はユネスコ世界遺産に登録されている。

百済は仏教や工芸文化を日本へ伝えた。

終わりと移行

唐と同盟した新羅が、660年に百済を、668年に高句麗を滅ぼした。