人物
たびたび官職に就いたが、そのたびに故郷・安東の地に退いて学問に没頭した。円熟期の思想は、道徳感情をめぐる書簡での論争として名高い「四端七情論争」のなかで練り上げられた面がある。
何をしたか
その哲学は、理に道徳的生における能動的な役割を与えた。1568年には若い国王のために、教えを凝縮した「聖学十図」を献上した。彼の書斎は後に陶山書院へと発展し、2019年にユネスコに登録された韓国の書院の一つとなっている。
後世への影響
その学派は数世紀にわたって朝鮮の儒学を形づくり、著作は徳川時代の日本でも熱心に研究された。肖像は韓国の1000ウォン紙幣に描かれ、朝鮮王朝の伝統における最も深遠な哲学の声であり続けている。