人物

ソウルの梨花学堂の学生で、1919年の三・一独立運動における十代のヒロインとして知られる。

何をしたか

1919年3月の当初のデモに参加した後、運動を郷里の天安に持ち帰り、同年4月1日のアウネ市場での抗議デモの組織化に加わった。このデモでは植民地当局の憲兵が群衆に発砲し、彼女の両親も殺害された人々の中に含まれていた。逮捕されて西大門刑務所に収監された後も獄中で抗議を続け、運動の一周年の日にも声を上げた。1920年9月、拷問と虐待の後遺症により獄死した。17歳だった。このことは記録に残されている。

後世への影響

大韓民国から死後に叙勲され、2019年にはその勲格が引き上げられた。広く「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼び習わされている。独立運動の犠牲を象徴する存在であり続けており、彼女の独房と西大門刑務所は記念施設として保存されている。