何が起きたか

バーンチエンは前2100年頃から紀元200年頃まで続いたマウンド状の集落で、住民は稲を栽培し、家畜を飼い、副葬品とともに死者を埋葬した。前1500〜前1000年頃には青銅の生産を始めており、これは東南アジアで最も早い部類の冶金とされる。後期には、名高い赤い文様の彩文土器がつくられた。

なお、この年代は科学的な再検討を経た修正後のもので、当初はこれよりはるかに古いとする説が唱えられていた。

背景

遺跡は1966年に偶然発見された。訪れた学生が土器片に足を取られて気づいたと語られるのが、一般に伝えられる経緯である。1974〜75年の本格的な発掘で放射性炭素年代にもとづく編年が得られた。これらの発見により、学界では東南アジアを冶金の単なる受け手ではなく、独立した早期の中心地として見直す再評価が進んだとされる。

影響

バーンチエンは1992年にユネスコ世界遺産に登録された。彩文土器はタイ先史時代の象徴となる一方、盗掘や贋作の対象にもなった。この遺跡は、タイ系の王国が現れるはるか以前にさかのぼる、タイの歴史の最初の章を支えている。