何が起きたか

香港総督ジョン・バウリング(ボーリング)の交渉により、1855年4月18日に調印された。輸入関税は3パーセントを上限とされ、英国商人に対する王室の貿易独占は廃止され、英国臣民はバンコクでの通商・居住の権利と治外法権を得た。米の輸出も認められた。

背景

アヘン戦争後、アジア諸国への西洋の圧力は明白になっていた。先行するバーニー条約(1826年)が与えたのは限定的な通商にとどまった。モンクットは中国とビルマの運命を見据え、対決ではなく交渉を選んだ、と一般に評されている。

影響

同じ雛形で米国・フランスその他の列強との条約が続いた。シャムは世界経済に組み込まれ、米の輸出とバンコクの貿易は急成長した。治外法権や関税上限といった不平等な条項が改正されたのは20世紀初頭以降で、完全な撤廃は1930年代末である。この条約は、シャムが独立を保つうえでの重要な一歩と評されることが多い。