人物

ワチラーウット(1881〜1925年)はチュラーロンコーン(ラーマ5世)の子で、1910年から1925年まで在位した。英国のサンドハーストとオックスフォードで学び、外国で教育を受けた最初のシャム国王となった。

何をしたか

「国民・宗教・国王」の三位一体を掲げるタイ・ナショナリズムを説き、1911年には王党派の準軍事運動である野虎団(ワイルド・タイガー)を創設した。1913年の姓氏法で家族姓を義務づけ、初等教育の義務化も導入した。1917年には父の名を冠したシャム初の大学、チュラーロンコーン大学を創設し、同年、連合国側として第一次世界大戦に参戦してフランスへ派遣軍を送った。この参戦はのちの条約改正を後押ししたと一般に評価される。多数の筆名を用いた多作の作家・劇作家・翻訳家でもあり、シェイクスピアも訳した。一方で、その支出と官僚エリートの台頭は財政の逼迫と静かな不満を残したと一般に評価され、1912年の未遂に終わった宮廷陰謀は立憲主義の潮流を予兆していた。

後世への影響

「国民・宗教・国王」の定式は今も国家の基本理念であり続け、チュラーロンコーン大学と姓の制度は現在まで残る。1925年に死去し、弟のプラチャーティポックが跡を継いだ。