何が起きたか
フランスは、ベトミンを正面決戦に誘い込むため、辺境の盆地ディエンビエンフーを要塞化した。しかしヴォー・グエン・ザップ将軍の部隊は、分解した大砲を人力と自転車で山越えして運び込み(記録に残る事績)、盆地を包囲した。
1954年3月13日以降、拠点は一つずつ攻略され、生命線だった滑走路も遮断された。守備隊は1954年5月7日に降伏した。捕虜は、一般的な記録では1万1000人超とされる。
背景
この戦いは、第一次インドシナ戦争が8年続いた末に起きた。インドシナに関するジュネーヴ会議は、その翌日の5月8日に開幕した。
影響
フランスはインドシナから撤退した。1954年7月のジュネーヴ協定はベトナムを北緯17度線で暫定分割したが、予定された選挙は実施されず、次の戦争の火種となった。この戦いは脱植民地化の世界的な象徴となった。