何が起きたか
アメリカの関与は1950年代の軍事顧問に始まり、1964年のトンキン湾事件とトンキン湾決議を経て、1965年からは戦闘部隊が投入された。1969年には駐留米軍は50万人を超え、北と南の双方に大規模な爆撃が行われた。枯葉剤(エージェント・オレンジを含む)の大量使用は長期的な被害をもたらし、その影響は今日も記録され続けている。
1968年のテト攻勢は、戦争に対するアメリカの確信を打ち砕いた。記録に残る残虐行為には、同年のソンミ村虐殺(ミライ虐殺)がある。1973年1月のパリ和平協定で米軍は撤退し、1975年4月30日にサイゴンが陥落した。
背景
1954年のジュネーヴ協定はベトナムを北緯17度線で暫定分割したが、予定された選挙は実施されなかった。南北ベトナムの対立は、アメリカとその同盟国を巻き込んでいった。
影響
ベトナム側の死者は100万〜300万人と推定されることが多く、その大半は民間人だった(推計値)。米軍の死者は約5万8000人。1976年に南北は再統一され、戦後にはボートピープルの国外流出が起きた。米越の国交正常化は1995年になってからだった。