人物
1762年にグエン・アイン(阮暎)として生まれた。1777年、タイソン(西山)勢力が南部の阮氏諸侯を滅ぼした際、ほぼ唯一の生き残りとなった。メコンデルタを拠点に四半世紀にわたり戦い続け、フランス人司教ピニョー・ド・ベーヌが組織した義勇兵・船・武器の支援を受けた。
何をしたか
1802年に勝利して嘉隆帝として即位し、フエを都に、現在のベトナムの全長に及ぶ最初の国家を統治した。1804年、清朝とのやり取りのなかで国号「越南(ベトナム)」が採用された。行政面では、清律を色濃く手本とした嘉隆法典を定め、道路や土地台帳を整備した。
後世への影響
評価は二分される。近代ベトナムの枠組みを築いた統一者と称える見方がある一方、戦時の負債が生んだフランス進出への足がかりと、彼が固めた保守的な体制を批判的に見る評価もある。両方の読み方が、その歴史的位置づけを形づくっている。