概要

1870年代までに、ロンドン橋より東の市街の成長は新たな渡河路を必要としていたが、賑わうプール・オブ・ロンドンへ向かう帆柱の高い船の通航も妨げてはならなかった。その解は、シティの建築家ホレス・ジョーンズが技師ジョン・ウルフ・バリーとともに設計した跳開橋と吊橋の複合橋であり、1886年に着工、1894年に開通した。

特徴

巨大な橋脚上の2つの塔が鎖で吊られた側径間を支え、塔の間では各1000トンを超える一対の跳開桁が跳ね上がって水路を開く。開通当初から水圧機関で動き、1976年の電化までは蒸気がその源だった。ジョーンズは鋼の骨組みをコーンウォール産花崗岩とポートランド石で包んだ。ロンドン塔との調和を求められたゴシックの装いである。塔頂どうしは高所の歩廊で結ばれ、車道が開いている間も歩行者が渡れるようにされていた。

歴史と影響

開通時には一部の批評家に嘲られたものの、橋は一世代のうちにロンドンの象徴となり、今も現役の渡河路として跳開桁は年に数百回、川の交通のために上がり続けている。利用者不足で1910年に閉鎖された歩廊は1982年に「タワーブリッジ展」の一部として再開され、ヴィクトリア朝の機関室とともに、同時代で最も精巧な跳開橋を生んだ機構を今に見せている。