概要

1世紀半にわたり、会社はスーラト、マドラス、ボンベイ、カルカッタの商館を拠点に、綿織物・香辛料・茶を扱い、自前の軍隊と艦船がそれを支えた。1757年のプラッシーの戦いでのクライヴの勝利と1765年のベンガル徴税権(ディーワーニー)の獲得は商人を統治者に変え、1820年代には亜大陸の大部分を支配し、中国との茶貿易を一部アヘン輸出で賄った。

役割

会社統治はほぼ直ちに醜聞と規制を招いた。1770年のベンガル飢饉はその統治下で数百万人の命を奪い(推計には大きな幅がある)、ウォーレン・ヘースティングズは弾劾裁判にかけられ、1773年以降の諸法が国家の統制を強めた。貿易独占権も1813年と1833年に廃止された。

その後

1857年のインド大反乱は会社自身のセポイ(インド人傭兵)の間から発火し、その支配を終わらせた。1858年のインド統治法でインドは王室直轄となり、会社は1874年に正式に解散した。企業が国家権力を行使した最大の事例として記憶されている。