人物
1540年頃デヴォンに生まれたドレークは若くして海に出て、1560年代には縁者ジョン・ホーキンスとともに初期の航海を重ねた。それらは奴隷とされたアフリカの人々をスペイン領アメリカへ運ぶ遠征であり、イングランドによる大西洋奴隷貿易の最初期の企てに数えられる。1568年にサン・フアン・デ・ウルアで艦隊がスペインに攻撃されると、ドレークは王室の後押しを受けてスペインの財宝港と船舶を襲う私掠に転じ、スペイン側からは海賊と見なされた。
何をしたか
1577年にゴールデン・ハインド号で出航し、南アメリカ太平洋岸を襲撃しつつ現在のカリフォルニアで「新アルビオン」の領有を宣言、太平洋とアフリカ回りで1580年に帰還してイングランド初の世界周航を完成させた。エリザベス1世は彼の船上でナイトに叙した。1587年のカディス襲撃はスペイン侵攻艦隊の出撃を遅らせ、1588年には英仏海峡を遡るアルマダとの戦いで艦隊の副司令官を務めた。1596年、最後の西インド遠征の途上、パナマ沖で赤痢により没した。
後世への影響
ドレークの航海はイングランドが大洋の強国として登場したことを告げ、彼を不朽の国民的伝説とした。一方で、ホーキンスとの奴隷貿易航海とスペイン人入植地の略奪も等しく歴史の記録に刻まれている。スペインの伝承では、彼は長らく海賊「エル・ドラケ」として記憶された。