概要

北方の騎乗服——袴を合わせた上着(袴褶)で、細い袖の実用的なもの——は、漢人のあいだにも広く広まった。五世紀末、北魏の孝文帝は宮廷に漢式の装いと礼を命じ、漢化の画期となった。

主な装い

南朝は、優美な魏晋の趣きにならう、ゆったりと広袖の袍を尊んだ。交易路をたどって伝わった仏教の衣や文様が、装いの語彙に入り込んだ。

移り変わり

隋が中国を再統一し、宮廷の装束の体系を立て直した。