何が起きたか
1127年1月、二度目の包囲の末に都・開封が陥落した。金は皇帝欽宗と、その父で芸術家皇帝として知られた上皇徽宗を、数千人の皇族・後宮の女性・職人とともに東北の地へ連行した。両帝はいずれも捕囚のまま世を去った。
背景
女真族の金の軍は開封を二度包囲した。1126年の最初の包囲は財貨によって解かれたが、金軍は再び攻め寄せ、二度目の包囲で都は落ちた。
影響
生き延びた皇子・趙構は南へ逃れ、高宗として王朝を再興した。これが南宋であり、都はやがて杭州に置かれた。この屈辱は一つの時代を規定し、岳飛の世代の戦争を引き起こした。岳飛の作と伝えられる詞『満江紅』は、「靖康の恥、いまだ雪がれず」と叫んでいる(作者は伝承によるものである)。