人物
唐の仏僧にして翻訳家、旅行家。真正の経典を求める思いに突き動かされた。
何をしたか
インドへの出発は629年と伝えられる──当時、国境越えは禁じられており、その出国は違法だった。中央アジアを経てナーランダの大僧院に至り、師シーラバドラ(戒賢)のもとで学んだ。645年、657部の経典を携えて帰国すると太宗皇帝から英雄として迎えられ、国家的な翻訳事業を率いて74部の経典を漢訳した──『般若心経』の定本や膨大な般若経典群を含む──ほか、法相宗(唯識)を開いた。著書『大唐西域記』は7世紀の中央・南アジアを知る第一級の史料であり、西安の大雁塔は彼の持ち帰った経典を収めるために建てられた。
後世への影響
明代の小説『西遊記』は彼を、孫悟空に護られる三蔵法師として描き直した──実際の旅の上に築かれた虚構である。